東京高等裁判所 昭和43年(う)1712号 判決
被告人 若梅一一
〔抄 録〕
所論は要するに、原判決は、本件傷害の公訴事実に対し被告人には実弟である若梅明雄を傷害するまでの故意が未必的にせよ認められず、又被告人の行為は傷害罪成立の基礎となる暴行にもあたらないので犯罪の証明がないとして無罪の言渡をしたが、原判決の右認定には重大な事実の誤認があり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、とうてい破棄を免れないと主張するものである。
ところで、原判決は本件の事実関係について証拠により「被告人は、昭和四三年三月八日午前一〇時ごろ公訴事実記載のレストラン「もとはし」において、実弟明雄に朝食の希望をたずねたところ、同人の返答ぶりが悪かつたのでこれを詰問したのに対し、同人が反抗してきたため店内調理場でたがいにつかみ合う等の喧嘩となつたが、まもなく同店店員並木光子に制止された。しかし、被告人としては、明雄に対する余憤がなおおさまらず、同人が兄である自分を馬鹿にして、いうこともきかないからこれを脅かしてやろうと思い、一〇時二五分ごろ突嗟に調理台の庖丁差しにあつた三本の庖丁のうち一本(刃体の長さ約三〇センチメートルの肉切庖丁)(昭和四三年押第七〇〇号の一)の柄を右手でとつて、調理台をへだてて約一メートル余り向う側に相対して佇立していた明雄の胸の前に刃先をさし出したところ、同庖丁の先端が明雄の左乳下に突き刺さり、その結果、同人は長さ約七センチメートル、深さ約四センチメートル肋膜腔に達する左胸部切創(同月三一日まで入院加療)の傷害を負つた。」と認め、被告人が前記肉切庖丁を明雄の方にさし出した所為は暴行にあたらず、被告人には暴行の故意の存在も否定されるべきであるから、本件は犯罪の証明がないとして無罪の言渡をしたものである。よつて調査するに、原判決挙示の証拠および当審における事実取調の結果にも徴すれば、原判決認定の右事実は、「被告人が肉切庖丁の柄を右手でとつて調理台をへだてて約一メートル余り向う側に相対して佇立していた明雄の胸の前に刃先をさし出した」との点を除き、おおむねこれを認めるに難くないが、右摘示部分については、なお検討を要する。この点に関し、被告人は原審公判廷で「庖丁を明雄に対してさし出す際はゆるやかに腕をのばし、又庖丁を持つ手に力を入れたことはない」などと述べているが、一方被告人は捜査官に対し「その調理台の端の庖丁差しにさしてあつた三本の庖丁の一本を右手で抜きとると刃を下にして柄を掴むとさつと弟の眼の前に突き出した」、「庖丁を右手でとつて弟の胸元に突き出した」、「弟を刺すとき庖丁は刃が前になるようにして持ちこれを突き出すようにして弟の左胸を刺してしまつた」などと述べ、右供述と証拠により認められる明雄の傷害の部位、程度(長さ七センチメートル、深さ約四センチメートルの肋膜腔に達する左胸部刺創)、押収の刃体の長さ約三〇センチメートルの本件肉切庖丁、刺創のあとの見られる当時明雄が着ていたアンダーシヤツ、明雄の司法警察員に対する「兄は調理台の横の方にさしてある庖丁で私を刺してきた、私はさけることができずこのようになつて(刺されて)しまつた」旨の供述、並木光子の検察官に対する「一一さんが庖丁を取つて刺したことは動作で判つた、一一さんが庖丁を取つてから多少弟さんのいたところに近づいて行つて刺したように思う」旨の供述等を総合対比し、かつ原判決も認めるとおり、被告人の本件行為がその直前のつかみ合い等の喧嘩に接続して余憤なおおさまらないうちにとつさの間衝動的になされたこと、明雄の方で動いた形跡も認められないのに庖丁の刃先が前述のように同人の胸部に約四センチも深く刺さつたこと、その際の被告人と明雄との距離間隔が僅か一メートルくらいしかなかつたこと等の諸般の状況にかんがみるとき、被告人の前記公判廷における供述はたやすく措信し難く、むしろ被告人は明雄の目前で庖丁を持つた右手に相当の力を入れ、かつかなりの速度でその左胸をめがけ、それが胸部に刺さるのではないかと一般に危ぶまれるような仕方で突きつけたものと推認せられる。そして右のような行為は、原判決のいわゆる少くとも同人の身体に間接的に作用しその身体に苦痛ないし不快を与えるべき性質の有形力の行使とも認めるに十分で、刑法上暴行としての評価を受けるべきであり、被告人にたとえ庖丁の刃先が相手の身体に触れることの認識がなかつたとしても、少くとも右にいう暴行に値する行為程度の認識のあつたことも前示証拠により推認するのが相当であるから、被告人は明雄に対する右暴行により生じた前記傷害の結果についても責任を負うべきものといわなければならない。してみれば、これと認定を異にする原判決は事実を誤認したもので、それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れず、論旨は理由がある。
(足立 浅野 井上)